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福岡地方裁判所小倉支部 昭和55年(ワ)1133号 判決

原告

金有東

ほか一名

被告

山西隆朗

主文

一  被告は原告両名に対し各金四〇三万〇、五〇〇円及び各内金三六六万〇、五〇〇円に対する昭和五五年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分しその一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告両名に対し、各金一、六一八万九、〇〇〇円及び内金一、四五八万九、〇〇〇円に対する昭和五五年一月五日から、内金一六〇万円に対する昭和五五年一〇月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(請求原因)

一  事故の発生

(一) 発生日時 昭和五五年一月三日午後八時五分頃

(二) 場所 福岡県京都郡苅田町富久町一丁目五の八先道路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(北九州五六て六〇〇四)

(四) 被害者 訴外 金英徳

(五) 加害車両運転者 被告

(六) 事故の態様 被告は前記場所を北九州市方面より行橋市方面に向い前記車両を運転進行中、前記場所を横断中の右訴外人に衝突した。

(七) 被害状況 右訴外人は前記衝突による脳挫傷等の傷害により、昭和五五年一月四日死亡した。同人は死亡当時一九歳であつた。

二  責任原因

被告は加害車両を保有し、自己のために運行の用に供していた。

三  損害

(一) 逸失利益 金三、六四七万八、〇〇〇円

イ 年収は全労働者の平均年額金二九九万円(万以下切捨)とする。

ロ 生活費控除は五〇パーセントとする。

ハ 就労可能年数は四九年とし、そのホフマン係数は二四・四とする。

(二) 慰藉料 金一、二〇〇万円

(三) 葬儀費用 金七〇万円

(四) 合計金 四、九一七万八、〇〇〇円

四  相続

原告金有東は右訴外人の父、原告金泰順は右訴外人の母であり、右訴外人の死亡により同人の権利、義務の一切を各二分の一づつ相続した。

五  損害の填補

原告両名は自賠責保険より各金一、〇〇〇万円の支払を受けた。

六  弁護士費用

原告両名は各々本件訴訟の着手金として金一五万円を支払い成功報酬として、判決額の一割を支払うことを約しており、その基準は現在請求額とすることになるので、その一割は金一四五万円(万以下切捨)となり合計金一六〇万円の費用が必要となる。

七  結論

よつて、原告両名は各々被告に対し、金一、六一八万九、〇〇〇円の支払を求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一、二項の各事実は認める。

二  同三項の事実は争う。

三  同四、五項の各事実は認める。

四  同六項の事実は不知

(抗弁)

一  本件事故現場は国道一〇号線上であり、九州の幹線道路として交通量のきわめて多い道路であり、附近には信号機のついた交差点、横断歩道橋が設置されており、道路両側にはガードフエンスが設けられ、横断が禁止されている。

訴外金英徳は、右の様な状況の道路において被告の進行直前に横断を開始したもので、その過失は極めて大である。右訴外人の過失を損害認定で参酌すると、被告には、原告らに既に支払われた自賠責保険金を超えて支払いをする義務はない。

以下双方の過失について詳述する。

二  被告の過失について

まず、被告の過失は、スピード違反と前方注視義務違反の二点である。

(1) 被告の運転する自動車の走行速度について

本件事故当時の天候は雨であり、路面は湿つていたものである。

ところで科学警察研究所機械研究室の実験等によれば、アスフアルト路面が湿つていた場合のまさつ係数は乾燥していた場合のそれのM=〇・七に対しM=〇・四であり、まさつ度合が低下しそのため、同一速度における制動距離は湿つていた場合が乾燥していた場合よりも長いとされており、而して、湿つていた場合、時速七〇キロメートルの場合の制動距離は、四七・二四メートルであるとされている(最高裁判所事務総局編「交通事故執務提要」二三九頁)のであるから、本件事故現場におけるスリツプ痕か四六メートルであつたことに即すると、事故当時における速度は最高でも時速七〇キロメートルに満たないという外はない。

(2) 被告山西の前方注視義務違反の過失について

本件事故現場は片側二車線の国道一〇号線上であり、九州の幹線道路として、交通量のきわめて多い道路であり、そのため、右道路の横断には本件事故現場直前には信号機のついた交差点、又その直後には横断歩道橋が設置され、さらには道路両側にはガードフエンスが設けられ歩行者は、指定された場所以外での横断は期待されていないところである。

他方、被告は本件道路のセンターライン側の中央車線の道路を進行しているのである。ところが、訴外金英徳は被告が走行していた反対車線側よりガードフエンスを乗りこえ、右反対車線を横断したうえでセンターラインに至り、そして被告の走行車線にふみだしているものである。のみならず被害者を発見する直前においては反対車線より進行してきた数台の車両と離合しているものである。

結局、本件現場付近の道路設置状況、歩行者が本件道路を横断する可能性の程度、換言すれば歩行者は交通法規を遵守し、よもや本件道路を横断することはあるまいとの運転者の期待が極めて大きいこと、そして反対車線より進行してきた数台の車両と離合しておりこの交通状況から被告にとつて右側より人かとびだしてくることは普通予想しえないこと等の諸事情に即すると、被告においては道路上に被害者が横断する事態を予見することは極めて困難であつたといわざるをえず、被告の前方注視義務違反の過失は小さいといわざるをえない。

三  訴外金英徳の過失について

前項記載のとおり本件事故現場たる国道一〇号線は九州の幹線道路で片側二車線の幅員があり、道路両側に国道への侵入を禁止するガードフエンスがある。又事故現場から五〇メートルのところに横断歩道があり本件事故現場において道路を横断すること自体過失がある。

しかも右訴外人が横断に当り左右の安全を確認し、又被告が走行する車線の横断に当り中央線附近で一旦停止しその安全を確認すれば被告の車両を発見する事は容易であり本件事故を避ける事は容易であつた。

右訴外人は、横断を開始するに当り自己の直前の車両(被告にとつて対向車線)の安全のみを確認しこれを横断し被告の走向車線の安全確認を怠つたものでありその過失は大きい。

勿論被告は、制限速度を超えていた。しかしながら右訴外人が安全を確認して横断を開始すれば少くとも中央線寄りを走行していた被告と中央線に近いところで衝突する事はあり得ない。

被告の速度の如何にかかわらず右訴外人の左右の安全確認を怠つた過失は大であり、損害額の認定に当り参酌さるべきである。

(抗弁に対する答弁)

右抗弁は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

いずれも成立に争いのない乙第四、第五号証、第七ないし第一一号証、第一三号証、被告本人尋問の結果を総合すると、本件事故の態様について次の事実が認められる。

1  本件事故現場は北九州市と行橋市との間の南北に通じる幹線道路である国道一〇号線上で、道路全幅員は一九メートル、歩車道の区別があり、車道部分は片側二車線で幅員は一三メートル、中心線により北行、南行の車線に分けられており、歩道部分の各幅員は西側歩道か二・八メートル、東側歩道が三・三メートルであり、いずれも車道より一段高く区画がある。

車道路面は平担なアスフアルト舗装で、事故当時は雨が降り始めたところであり、路面は湿つた状態であつた。

現場附近道路は、最高時速四〇キロメートル、駐車禁止、歩行者の車道横断禁止の交通規制がなされており、現場附近の状況は、別紙交通事故現場見取図(以下、単に「見取図」という。)の記載のとおりである。見取図のとおり、歩車道の間には、ガードフエンスが設置され、各交通標識が立てられ、南方に横断歩道橋があり、北方には信号機のある交差点があり、これに横断歩道の表示がある。

現場附近道路は直線の道路で昼間は南北の見通しはよいが、夜間は見取図に表示の地点にある横断歩道橋上の水銀灯二基の外には街灯等の照明設備はないため暗く、事故当夜は雨天であつて、見通しは困難であつた。

(以下、現場附近の地点並びに建物、設備等の表示は、すべて見取図の表示するところによる。

2  被告は加害車を運転し、北九州市の自宅を出発して国道一〇号線上を行橋市方面に向つて進行し、現場近くに差しかかつたが、一月三日で交通は閑散であり折から先行する車両はなく、現場北方の交差点手前約一〇〇メートルの地点で信号機の赤信号を見て減速しかかつたが、すぐに青信号に変つたため、加速し、〈2〉点附近に至つた頃〈A〉点附近を東方に向つて横断する歩行者(後示竹中哲也)を発見したが、すでに自車の進路を横断した後であつたのでそのまま進行し、〈3〉点附近で対向車と離合し、〈4〉点附近に至つたとき、進路前方(ア)点附近を東方に横断中の訴外金英徳(以下、単に「英徳」という。)を発見し、あわてて急制動の措置をとると同時にハンドルをわずかに左に切つたが、すでに時速約八〇キロメートルの高速で進行していたため及ばず、〈5〉点附近に至つたとき〈×〉点附近で加害車の右前照燈附近を英徳の左腰部に激突させ、その衝撃で英徳の身体を加害車のボンネツト上にのせたまま進行を続け約四六メートル前方路上にこれを転落させ、〈5〉点附近から約六一・八メートル前方の〈6〉点附近でようやく停止した。その途中の加害車のスリツプ痕の状況、英徳の転落状況、同人のはいていた靴の落下地点、破損した加害車の前照灯の破片の散乱状況は見取図表示のとおりである。

3  他方、英徳は、事故発生前、友人の竹中哲也と共に現場北方交差点の西側横断歩道を北から南に渡つて松竜ビル前にある公衆電話ボツクスに行き、他の友人に電話をかけた後、道路東側南方の「うなぎの谷村店」南隣にある右竹中の自宅に行くべく松竜ビル前の西側歩道上を南方に向つて歩き始めた。間もなく同行の竹中は、西方南原に至る幅員五・二メートルの道路を渡り、ガードフエンスの手前の地点に至つたとき急に車道を東方に向けて横断を始めた。この直前松竜ビル前の交差点の信号機の表示は赤で、交差点南方直近の西側車道には北方に向つて三、四台の自動車が信号待ちの停止をしていた。竹中は横断途中中央線附近で北方を見ると南行してくる加害車のライトが遠くに見えた。英徳は竹中が横断を始めた後もしばらくそのまま歩行を続け、南原小学校前バス停附近に至り、乗降客のためガードフエンスが一部設置されてない所から竹中に遅れて東方に向け車道の横断を始めたが、〈イ〉点附近に至つたとき被告運転の加害車に激突された。

以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  責任原因

請求原因二項の事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により本件事故に基づき英徳につき生じた損害を賠償する責任がある。

三  亡英徳の損害

(一)  英徳の死亡による逸失利益 金二、八五三万円

いずれも成立に争いのない甲第三号証、乙第八号証並びに原告金有東本人尋問の結果によると、英徳は事故当時一九歳で、福岡県立築上西高校を昭和五四年三月に卒業し、従兄の経営する歯科医院で技工師見習として働き月額約一〇万円の収入を得て、昭和五五年四月に歯科技工師学校への入学を志望していたことが認められるところ、昭和五四年度の賃金センサスによれば、同年度の男子労働者の平均給与額は一ケ年金三一五万六、六〇〇円であることが認められ、同人は本件事故がなければ六七歳まで四八年間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年毎ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると金二、八五三万円となる。

(二)  慰藉料 金一、〇〇〇万円

本件事故の態様、亡英徳の年齢、将来の職業志望と現職その他本件にあらわれた諸般の事情(但し、同人の過失の点を除く。)を総合考慮すると、亡英徳が本件事故により死亡したため被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金一、〇〇〇万円と認めるのが相当である。

四  相続

請求原因四項の事実は当事者間に争いがなく、前掲甲第三号証によると、亡英徳には他に相続人がないことが認められる。

そうすると、原告らはその韓国民法による法定相続分に応じ右認定にかかる亡英徳の損害の各二分の一である各金一、九二六万五、〇〇〇円宛につき賠償債権を相続したものというべきである。

五  原告らの葬儀費用の損害 各金二五万円宛

弁論の全趣旨によると、原告らは亡英徳の葬儀費として各金二五万円を下らない出損を余儀なくされたことが認められる。

六  過失相殺

一項に認定した事実に徴すれば、本件事故の発生については、亡英徳にも横断禁止場所を進路左方の安全を十分確認することなく横断した過失があることが認められるところ、本件事故現場付近の状況、事故態様等に照らすと過失相殺として前示損害額の三割を減ずるのが相当であるものと認められる。

七  損害の填補

請求原因五項の事実は当事者間に争いがない。

よつて原告らの前記損害額から右填補分各金一、〇〇〇万円を差引くと、残損害額は各金三六六万〇、五〇〇円となる。

八  弁護士費用 各金三七万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は各金三七万円とするのが相当であると認められる。

九  結論

よつて、被告は各原告に対し各金四〇三万〇、五〇〇円及びうち弁護士費用を除く各金三六六万〇、五〇〇円に対する本件事故の日の後である昭和五五年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴各請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余の各請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、なお仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

交通事故現場見取図(乙)

〈省略〉

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